「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」で世界遺産登録が進む長崎。日本にキリスト教が伝来し、聖書の印刷に欠かせなかった活版印刷を日本で初めて行ったのは、長崎・諫早生まれのコンスタンチノ・ドラードでした(今年生誕450年。生まれてすぐに教会で育った為に、日本名を持ちません)。そのドラードは天正遣欧使節に随行し、ヨーロッパで活版印刷の技術を習得し、長崎・加津佐にグーテンベルク式の活版印刷機を持ち帰り、1591年にのちにキリシタン版と呼ばれる書物を刊行しました。しかし、禁教令の影響でドラードや宣教師は国外へと逃れ、活版も日本から姿を消すことに。その後、教会や宣教師の存在が無いなか、カクレキリシタンが信仰を続ける為に生まれたのが「オラショ」と呼ばれる口頭伝承の祈りでした。

昨年まで長崎純心大学で教鞭をとられた宮崎賢太郎教授の著書「カクレキリシタン オラショ−魂の通奏低音」にこんな一節があります。「現在のカクレキリシタンは、もはや隠れてもいなければキリシタンでもない。日本の伝統的な宗教風土のなかで長い年月をかけて熟成され、土着の人々の生きた信仰生活のなかに完全に溶け込んだ、典型的な日本の民俗宗教のひとつ」 。教会もなく、神父もいない中で信仰を続けていく為の拠り所だった「オラショ」。ドラードが印刷した印刷物が、カクレキリシタンの信仰のよすがとなり、地域の中で連綿と受け継がれ、大切にされていたとしたら。禁教期の歴史を語る上で重要な役割を果たすと同時に、数奇な運命を辿ったドラードの顕彰にもつながるのではないかと思います。

今回、そのオラショを記録する活版印刷体験を長崎県美術館で行います。オラショは口頭伝承であることに意味があるのですが、活版で印刷し記録するとことで、混同されがちなキリシタンの歴史とカクレキリシタンの信仰の差異をお伝えできればと思います。同時に、「ワレラノムネ、アナタトオナジ」と大浦天主堂の建設が信徒発見につながったように、今回印刷するオラショが、ドラードが印刷した印刷物発見につながればと淡い想いも抱いています(ドラードはほとんど資料がなく、彼が生きた証を見つけることができればと)。

オラショの印刷に使用する金属活字は、近代活版印刷の始祖、本木昌造が作った本木活字で。禁教令の影響で活版印刷が消えて約250年後。長崎でオランダ通詞だった本木昌造が金属活字の製造に成功し、活版印刷を開始しました。そうして近代日本の印刷文化を支えた事から、その功績を称え本木昌造の命日(9月3日)の9月は「印刷の月」と呼ばれています。

また、会場では実際に伊万里の「聖母トラピスチヌ修道院」で使われていた祈祷書や活版印刷の道具の展示、アルビオン式と呼ばれる手引きの活版印刷機でドラードが印刷した典礼書の印刷実演も行います。長崎から始まった活版印刷、そして重層的な長崎の祈りのかたちに触れて頂ければと思います。




本木活字でオラショを印刷しよう
[日 時]9月2日(土)、3日(日)
[会 場]長崎県美術館 アトリエ
[時 間]10:30-12:30、13:30-16:00 当日随時受付※受付終了:各回終了時刻の30分前 
[参加費]無料 [対 象]子どもから大人まで
[講 師]山田善之(文林堂)、中川たくま(ブルームーンデザイン事務所) 
[ワークショップ主催]長崎県美術館 [企 画]ブルームーンデザイン事務所 
[協 力]文林堂、長崎純心大学、長崎県印刷工業組合

同時期開催

・9/1日(金)  第173回本木昌造墓参 法要 @大光寺 〒850-0831 長崎県長崎市鍛冶屋町5-74
・9/9日(土)  としょかんde活版印刷 @長崎市図書館(活版伝習所跡地) 〒850-0032 長崎県長崎市興善町1-1