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あなたの子どもはあなたの子どもではない。
子どもは「生命」の渇望からの子どもである。
子どもはあなたを通って来る。
しかしあなたからではない。
子どもはあなたと共にある。
しかし子どもはあなたのものではない。

あなたは子どもに愛を与えることができる。
しかし考えを与えることはできない。
子どもは自分の考えをもっているのだから。
あなたは子どもの体を動かしてやれる。
しかし子どもの心は動かせない。

子どもは明日の家に生きている。
あなたはそれを訪ねることも、夢みることもできない。
あなたは子どもを好くようになれるであろう。
けれども子どもがあなたを好くようにならせようとはしなさるな。
人生は後に退き昨日にとどまるものではないのだから。

あなたは弓である。
そしてあなたの子どもらは
生きた矢としてあなたの手から放たれる。

弓ひくあなたの手にこそ喜びあれと。


『あなたの子どもは(霜田静志訳)』カリール・ギブラン




星野道夫さんの「長い旅の途上」でこの詩に出会い、星野さんの事務所で奥様の直子さんに星野さんの子どもへの向き合い方について伺う機会にも恵まれました。いよいよ子どもが生まれる頃、ちょうどデザインしていた本「かぞく」の中で、この詩を編集長の田北さんが手向けて下さいました。あれから親になり一年が経ちました。この詩とともに過ごした一年だったと思います。折に触れ、この詩をなぞりました。その度に涙腺がゆるみました。仕事ばかりの慌ただしかった日々に、別の慌ただしさが生まれました。それは可笑しく、楽しく、時にもどかしく。できる限りの多くの時間を一緒に過ごしました。過ごせたと言った方が正しいのかもしれません。今思えば自由に自分の時間を作れるこの仕事を選んだことも、知らぬは過去の己だけで、ここにつなっがていたような気さえしています。一緒にいれる時間は思いのほか少ないということを感じるたびに、一瞬、一瞬に感じるこの子の命の強さと危うさに、愛おしさが増していきます。僕の両の手は抱きしめる為にあらず、ただ弓をひくために。とまでは至っていないけれども…。

そんな折、高知の「竹村活版室」の竹村さんが土佐和紙にこの詩をプレスされていました。竹村さんは僕と同じ頃、活版を始められ、そして育児を始められたのも同じ時期でした。そして竹村さんの傍にもギブランのこの詩があったことを知りました。この偶然とも思えない連なる重なりに喜びと、労いにも似た温かなものを感じました。活版は印刷物である前に、心に届く手紙のような、毛布のようなものであるということも改めて。届けて下さったそれは、とても美しく、ほのかに竹村さんの気配も感じて、眺めながら、なぞりながら夫婦ともに泪しました。そしてこれからもこの詩が傍にある暮らしをうれしく思います。竹村さんは、「同じように子育てまっただ中の(そうでなくても)お母さん、お父さんと共有したくて印刷しました」と仰っています。僕も心からそう思います。この印刷物が届くべき人のところに、届いて欲しい。