たとえば、星を見るとかして

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忘れないというよりは、思い出したくもない日というのが僕にもできてしまって、息苦しくなってきたときは、たとえば星を見るとかして、深呼吸をしています。星々をひとつひとつ追っていると、少しづつ心が和らいでいきます。推し量ることはできませんが、少しでも心が和らぐこと、心よりお祈り致します。

この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界のほうはあまりきみのことを考えていないかもしれない。でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を創造してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。たとえば、星を見るとかして。二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過すのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。

スティル・ライフ/池澤夏樹