五月の風

妻に連れられ郊外へ。よせてはかえす波のように、おだやかな風にたなびく小麦の穂。凪いだきもちで、ぼんやりと眺めていたら、ふいに風向きが変わり、風が姿を現しながらこちらへやってきた。永かった五月も終わる。新緑と、薫風に包まれて自転車に乗る予定は変わってしまったが、それでもやっぱり、五月の風はやさしかった。

ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う。二酸化炭素、水を大気に放出し、熱とほんのわずかな灰を残しながら、長い時を生きた木は一体どこへ行ってしまうのだろう。昔、山に逝った親友を荼毘に付しながら、夕暮れの空に舞う火の粉を不思議な気持ちで見つめていたのを思い出す。あの時もほんのわずかな灰しか残らなかった。生命とは一体どこから来て、どこへ行ってしまうものなのか。あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それはひとつの同じ生命体なのだろうか。木も人もそこから生まれでる、その時その時のつかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。いつか読んだ本にこんなことが書いてあった。“すべての物質は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。生物とは息をつくるもの、風をつくるものだ。太古から生物のつくった風をすべて集めている図書館が地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ”(イニュニック/星野道夫)

BAKERY タツヤ

南区花畑にオープンした「BAKERY タツヤ」。地元の方、パン好きの方に早くも話題になっているそうです。おすすめは、「タツヤのパネットーネ」。パネットーネはイタリアの伝統的な菓子パンでクリスマス前に食べる習慣があり、僕らも好きなパン。やわらかく、ほのかに甘みがあるブリオッシュ生地に、練り込まれたレーズンとくるみの豊かな食感と風味。そのパネットーネを、フランスで修行をされたオーナーらしく、表面をマカロン生地で仕上げています。

さて、「BAKERY タツヤ」でオーナーは、タツヤではない。と、先に述べました。「たつや」というのは、オーナーのお婆様が、嘉麻市(旧稲築町)で永年営まれているお好み焼屋さんの名前。近くの学生さんたちを始め、地域の人達にとても愛されているお店だと聞きました。そんなお店にしたい、その名前を受け継ぎたいとの強い意志と深い愛情を伺いました。それらを汲み取り、同じ小麦でしたので、ロゴはオーソドックスではありましたが、小麦をモチーフにデザイン。お好み焼き「たつや」の暖簾は青でしたので、それを一世代越えて受け継ぐように、穂の色を青に。店名の本質は見えるものではなく、オーナーと御祖母の関係性でしたので、それを下の世代に受け継がれていくように、“矢印”で表現しました。facebookのページもできています。たくさんのパンや、有吉さんがデザインした空間も見ることができますので、ぜひ。


BAKERY タツヤ
http://www.facebook.com/BakeryTatsuya
福岡市南区花畑2丁目45-29 TEL 092-408-7760
OPEN 9:00〜18:00 CLOSE 月曜日・第三日曜日


想い、手紙、泪。

たくさんの想い、手紙、泪。僕にはもったいないです。本当にありがとうございます。痛みは未だ事故後のままですが、想いや手紙、その泪で、随分と和らいでいます。一人で出歩くには不安が多く、妻に付き添ってもらって、少しだけ遠くの街の空気を吸いにでかけました。澄み渡る青空に懐かしい街並。こうして、また、ふたりで歩けることに、感謝しています。

左手の痛みはいつかは消える日が訪れるでしょうが、もう、元には戻ることはなく、過去を懐かしむしかありません。でも、その待ち受ける困難も、自分だけで抱え込むのではなく、献身的に支えてくれる妻を始め、親愛なる人達も受け止めてくれると思うと、随分と、気持ちが軽くなっています。僕らのこれまでも、決して平坦なものではなかったですが、この困難は人生の有り難みを、より与えてくれています。

観光と職人さんと。

病院のテレビでふいにフィレンツェの映像が流し出された。懐かしい街並に嬉しくなる。今年の秋にフィレンツェで長期、アパートを借りる予定にしていた。旅すると生活するとでは似て異なるだろうから。すこし郊外へ赴き、トスカーナ暮らしも。料理好きの妻は市場や路地裏の食料品専門店で買った食材をキッチンで調理することを何より楽しみにしていた。僕はそれにあったワインを探すことを。それから。歴史ある文化芸術、観光と、職人さんたちが共存する街の在り方は、これからのナガサキリンネのヒントにもなると思っていたので、探ってみたいと思っていた。個人的には活版職人、ティツィアーノ・ブロージさんといろいろと話せればと。

時期尚早。イタリア語をもっと勉強してきなさいということでもあるのだろう。僕のつたないイタリア語に付き合ってくれたビオショップのおばさんにも会うのも楽しみだ。

イーハトーヴへ。

イーハトーヴ(岩手)行きのチケットをとった。何かを“計画”することを臆してしまうし、体力の自信もないが、行けない要因を確かめるより、行ける方法を見つけようと思う。そんな日常の細部が、前を向かせてくれる。子どもの頃から、いつか、宮澤賢治さんの故郷、岩手へ行きたいと思っていた。その“いつか”は今年だったのかもしれない。今となっては恥ずかしい想い出だが、妻に初めて贈ったのは、高村光太郎さんの詩集だった。賢さんと慕う光太郎さんが装幀した「宮澤賢治全集」は、僕の中で一層、美しさを増している。そんな二人が暮らした花巻へと。妻は妻で、啄木さんが、好きだと言う。「友がみな われよりえらく 見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ」と、この詩が好きだと言う。ちょうど、没後100年。これも何かのめぐりあわせだと思う。遠野へも。今年が柳田さんの没後50年とはこれもやはり、何かのめぐりあわせだろう。民芸とデザインは語られることは多くとも、民俗学とデザインとは、なかなか語られる事がない。けれども、物そのものよりも、もう少し俯瞰で、人々の暮らしや地域を鑑みると、やはりこれからはデザインの面でも民俗学的見地の援用は、ますます必要になってくると感じている。民俗学に関しては未だ、入口付近でうろうろとしているに過ぎないので、扉を開けてみようと思う。

励まされる日々。それは確かに生きる活力となり、人生の有り難みを感じさせてくれる。震災後、親愛なる友人が暮らす岩手へと、すぐには動けなかった。少し話せるようになったら、そばに行って励ましたいと思っていた。大げさなものではなく己の営為として、関わり続けれる事も見つけてきたいと思う。“いつか”という淡く不確かなものでなく、この夏に。