3つのF

ポルトガル人が愛する「3つのF」と言うものがある(1960年代のサラザールの独裁政権時代、民衆を政治から遠ざける為に利用したとも)。ひとつめのFが、「ファド」。ポルトガルの民族歌謡。どこか郷愁を帯びていて、ポルトガルギターの伴奏に合わせ、夜な夜な酒場などで歌われている。ふたつめのFが、「ファティマ」。ポルトガル中部の街で、聖母マリアが降臨した奇跡の地として、多くの巡礼者が訪れる。三つ目のFが、「フットボール(サッカー)」。これには僕も可笑しいほどに、虜になっていて、ほぼ毎日、かかさずポルトガルのスポーツ新聞に目を通している。サラザールは民衆から政治を遠ざけるためにサッカーを利用したが、今回、怪我の痛みを少し遠ざけてくれたのも、ポルトガルのサッカーだった。

ポルトガルは準決勝でスペインに負けて、今回も優勝はなかった。いつも“あと少し”で届かない。「ファド」は日本語で、“運命”や“宿命”。今日の紙面にこれまでの“あと少し”が並べてあった。いつものように「これが宿命なのだから」。と素直に受け入れる彼らのファタリズモ(宿命感)が何とも愛しい。写真は横瀬浦で掲揚されていたポルトガル国旗。嬉しくなって、思わずポルトガル国歌を口ずさんだ。今回も訪れるであろうその“宿命”を予感しながら。



The Rip Tide

妻の自転車もおじさんのところで。いわずもがなイタリア好きの妻はイタリア車、GIOS(ジョス)のアンティーコの白。僕のランドナーも帰ってきたので、梅雨の晴れ間に、新宮と福間の浜まで少し遠出を。浜には僕らの他には老夫婦と、およそ兄弟の老犬。こちらを見つけ、何かを想いだしたように遠吠えをする。猛々しさはなく、むしろ、リスタートのファンファーレを奏でてくれているような気がした。海に行くとあらゆることを忘れ、そして、あらゆることを想い出す。海に何をしに行く訳でもない。海に行く。それだけでいい。陽を浴びる。潮風を感じる。リップタイドを見つめる。水平線を眺める。その彼方を想う。隣に座り、見つめ合って何かを話すでもなく、共に海を眺め、ただ、静かに。


もう遠い過去のような気もするが、今年の始めにBeirutのライブを聴きに大阪まででかけた。これまでに経験したことのない多幸感に溢れたライブだった。「The Rip Tide」というアルバムを引っさげての初来日だったが、そのタイトル曲は不思議と歌わなかった(当時、最も聴いていて曲でもあった)。ザック(ヴォーカル)にとって大切な曲なんだろうね。と、妻とふたりで妙に納得した。歌詞を見る限り、誰かに捧げたレクイエムなのかもしれないと。そんな 「The Rip Tide」のofficial videoが、昨日アップされた。発売されて一年以上経って、ようやくだが、ようやくという感じがしない。この時間に多分、いろいろと葛藤があって簡単には答えをださなかったのだろうと思うと、何ともbeirutらしいし、やっぱり好きだなあ、と。



The Rip Tide / Beirut

And this is the house where
I feel alone
Feel alone now
And this is the house where
Could be unknowkn
Be unknown
So the waves and I found the rolling tide
So the waves and I found the rip tide



生まれ変わる

「何も心配せんでよか」とおじさんのその言葉の通り、ランドナーが生まれ変わって帰ってきた。交通事故の後遺障害で、ドロップハンドルのブレーキを握ることが出来なくなってしまった。だが、負荷を減少した状態でブレーキをかけることができるように、オリジナルで仕上げてくれた。新しい技術ではなく、より人に近い日本製のオールドパーツを使ってというのも、また嬉しい。子どもの頃から僕を知っているおじさんが、泪ながらにかけて下さった言葉を胸に、これからの人生を楽しみたいと思う。

ようやく包帯も外れた。妻も事故後、初めて左手を見る。その場に泣き崩れる。と、思いきや意外にも毅然としている。淡々と処置をしてくれる。かわいいとさえ言う。覚悟した女性は本当に強いなと思う。見えない痛みはふたりのものだと。夫婦の本当の意味を知る。

随分と、永らく休みをとった。文字通り、身も心も生まれ変わってのリスタート。これほどまでに鮮明な人生の岐路などあろうか。事故後、世界はよりコントラストを増したが、この言葉は変わらず確かなものだった。今の僕にとって、とても腑に落ちるものなので、もう一度。



“現代において何事も「広げる」ことがもてはやされている。知識を 広げ、仕事を広げ、ネットワークを広げと、どれだけ多くのことをコミットできるか試されているようだ〜中略〜自身が立つ足元の地平を横へ横へと闇雲に広げ ていったところで、それがせいぜい蜘蛛の糸か今にも割れそうな薄氷のごときものでできているのなら、その上を歩くのもままならない。それよりもこの足元か ら深く掘り下げていけば、まるで地球の裏側にでも彫り貫いたかのような未知なる空間が広がっているかもしれないのだ。たしかに効率的ではないし、そんな広 がりに到達できるにしても生きているうちには無理かもしれない。でも、それでもいいと思えるのは、自分が生きているのは自分ひとりの力ではなく、家族や友 人、自然、歴史、未来、あらゆるものとつながって生き、生かされていることが腑に落ちているからだろう。あらゆるものとつながりながら生きて在る訳だか ら、あらゆるものとつながろうと今さら手を広げる必要もない ” 「糸の先へ -いのちを紡ぐ手、布に染まる世界/福岡県立美術館」の図録より





掘り下げよう。深く潜ろう。そこに広大な銀河があることは、すでにわかっているのだから。



わたし(たち)にとって大切なもの

事故後、不自由さを知ることで自由の意味を理解している。これまでの日々の暮しの中で気付きもしなかった、意識さえしなかった、小さく、何でもない所作は実はとても脆い、絶妙なバランスの上で成り立っている。そしてそのことを理解した僕は、これまで以上に何でもないものが大切に、そしてたまらなく、愛おしくなってきている。




わたし(たち)にとって大切なもの | 長田 弘


何でもないもの。
朝、窓を開けるときの、一瞬の感情。
熱いコーヒーを啜るとき、
不意に胸の中にひろがってくるもの。
大好きな古い木の椅子。

なにげないもの。
水光る川。
欅の並木の長い坂。
少女たちのおしゃべり。
路地の真ん中に座っている猫。

ささやかなもの。
ペチュニア。ペゴニア。クレマチス。
土をつくる。水をやる。季節がめぐる。
それだけのことだけれども、
そこにあるのは、うつくしい時間だ。

なくしたくないもの。
草の匂い。樹の影。遠くの友人。
八百屋の店先の、柑橘類のつややかさ。
冬は、いみじく寒き。
夏は、世に知らず暑き。

ひと知れぬもの。
自然とは異なったしかたで
人間は、存在するのではないのだ。
どんなだろうと、人生を受け入れる。
そのひと知れぬ掟が、人生のすべてだ。

いまはないもの。
逝ったジャズメンが遺したジャズ。
みんな若くて、あまりに純粋だった。
みんな次々に逝った。あまりに多くのことを
ぜんぶ、一度に語ろうとして。

さりげないもの。
さりげない孤独。さりげない持続。
くつろぐこと。くつろぎをたもつこと。
そして自分自身と言葉を交わすこと。
一人の人間のなかには、すべての人間がいる。

ありふれたもの。
波の引いてゆく磯。
遠く近く、鳥たちの声。
何一つ、隠されていない。
海からの光が、祝福のようだ。

なくてはならないもの。
何でもないもの。なにげないもの。
ささやかなもの。なくしたくないもの。
ひと知れぬもの。いまはないもの。
さりげないもの。ありふれたもの。

もっとも平凡なもの。
平凡であることを恐れてはいけない。
わたし(たち)の名誉は、平凡な時代の名誉だ。
明日の朝、ラッパは鳴らない。
深呼吸しろ。一日がまた、静かにはじまる。



「死者の贈り物」より


あこがれ

ランドナーに乗るようになって、無性に写真を撮りたくなっていった。風景や光景を愛おしみたく、フィルムで。光を撮りたいので、モノクロかセピアで。ツァイスのレンズのいろいろを調べて、手に触れたり、撮った写真を見せて頂き、購入する寸前まで行ったのだけど、少しためらう。

それ相応のレンズを使えば、それなりに写るだろうけど、そういうのじゃないな、と。ランドナーも当初、見た目や評判からイギリス製のランドナーを選ぼうとしていたのだが、結局は、日本製のARAYAを。なので、カメラもやっぱり、しっくりくる日本製のをと、思って何となく宮本常一さんの本を眺めていたら、手にはカメラが。宮本さんは勿論、フォトグラファーではなく民俗学者だけども、宮本さんのその眼差しが、とても好きだ。なので、単純だけども宮本さんが愛したキャノネットかPENを探すことに(Sか、Dか、F、FT、どれにするかはこれから)。見ためや評判よりも、自分が愛着を持てるものを。“あこがれ”というものは、つくづく、自分を正直に、透明にしてくれるエッセンス。ランドナーにはしばらく乗れないが、東北にはフィルムカメラを持っていきたいと思う。