言葉を変える、見え方を変える

目が不自由な男性が路上でお金を請うっています。横にはダンボールに書かれた「私は目が見えません。恵んでください」の文字。けれども町の人は無関心で、なかなかお金を入れてもらえません。とある女性が足を止めダンボールを取り文字を書き換えます。すると、さっきまでが嘘の様に道行く人々は次々とお金を渡し始めます。文字を書き換えた女性が再び現れ、男性は女性に「何をしたんだい?」と問います。女性は「同じことを書いただけよ、ただし別の表現でね」と。ダンボールには「今日は実に素晴しい日ですね、でも私にはそれが見えません」と書いてありました。Change your words, Change your world(言葉を変えると、世界が変わる).



とても有名な動画ですが久しぶりに観て、ああ自分はやっぱりこういうデザインがしたいんだなあと改めて思いました。もちろん、こういうCMを作りたいと言う訳ではなくて。何かを煽ることなく、人知れず、人に共感してもらえるような。これから増々、寄付文化は浸透して行くと思うのですが寄付は施しではなく、社会が抱える問題に対する解決策への理解と納得と思えるようなアプローチができればなと思います。自分たちが暮らすまちで、共に暮らし、より良い未来をつくることに自分も関わるということへの実感と意思表示のような。

アメリカの社会学者グラノヴェター氏の「弱い紐帯の強さ」と言うのがあります。簡単に言うと、価値ある情報の取得や伝達、伝播においては、家族や友人、同じ価値観の人たちが集まったコミュニティなど強いネットワーク(強い紐帯)よりも、知人や知人の知人のような弱いネットワーク(弱い紐帯)から得られた情報が価値があったり重要であるという社会ネットワーク理論です。強い紐帯によって構成されるネットワーク(コミュニティ)は同じような情報、価値観になり強い紐帯ばかりを重視すると求心力ばかりが働き、そのネットワーク(コミュニティ)は孤立化を招く場合があり、より広域に情報伝播や相互理解を促進するためには、弱い紐帯が必要だと。

実感を伴うのですが、確かに普段から密に接しているひとたちの日々の営みや、嗜好、お気に入りの場所などは共通な場合も多々あり、似た様な価値観で居心地の良さがあります(それはSNS上でも同様で)。けれども、「ズドン」と自分の心を打つ様な情報が自分から少し離れた場所から届く場合があります。そして、それはひとつのきっかけとなりその後の行動に現れる場合があります。この「弱い紐帯の強さ」の本質は紐帯の強さの比較ではなく、「弱い紐帯」が異なるネットワーク(コミュニティ)をつなぐ“ブリッジ”となることを説かれています。強い紐帯より弱い紐帯の方が情報伝達や社会統合に優れていて、ブリッジの連結機能を発揮できると。その“弱い紐帯”をパブリックなデザインにも援用できないかと思っています。より弱く、より遠いところへアプローチすることで逆に潜在的な弱い紐帯が姿を現し、その人たちが“掛け橋”となりさまざまなネットワークを連結、連鎖(循環)していく。そうすることで情報の伝播促進とその先の行動、例えば寄付や、かかわってみようと思えることにつながるんじゃないか、と。