より愛しく、より深いものに

治療も終わりが近づき包帯を外して交通事故後、はじめて左手を見る。かつて、これほどまでに絶望と喪失感に苛まれたことはなかった。不確かなはずの未来が、確実なものとしてそこにあった。いや、あるというよりは無かった。あるはずなものが無かった。利き手だった。それは一つの終わりを意味していた。鈍色の分厚い雲に覆われ、重く出口のない虚無感という闇に押し潰されてしまいそうになる。

でも、笑っていたいと思う。愛する人達を、必要としてくれる人達を、笑わせたいと思う。喜ばせたいと思う。どんな困難な局面でも、誰かや何かのせいにする事もなく、諦めずにより良い方へ向かおうとするのは、唯一にして最高の資質だと、妻が言う。今はまだ、この現状が何を意味するのかはわからないが、人生をより愛しく、より深いものにしてくれることだけは確か。「受け入れる」ということは、決して「諦める」ということではないはずだから。