はじめての輪行

自転車を分解して専用の袋に入れて公共交通機関を使って運び、旅先で乗ることを「輪行」と言います。地球にやさしいのはもちろんですが、なにより旅先で自分の自転車に乗れるというのは、この上ない喜びがあります。私が乗っているランドナーは、もともとフランス語で“小旅行”と言う意味で、とても輪行に適しています。リハビリを終えたら、何処かへ旅したいと思っていたら、南島原の加津佐図書館にグーテンベルク式活版印刷機のメンテナンスに行くことになりました。思い立って妻を誘い、はじめての輪行をしました。交通機関を使って、小浜まで。それから南島原の加津佐まで、海沿いを往復約40km とても清々しい小旅行となりました。


前の晩、アトリエで分解の練習を。はじめての分解でしたが何とかうまくいきました。

博多駅で、ランドナーとミニベロを分解し、輪行専用の輪行バッグに詰め込みます。車内では車窓からの風景を楽しみながら、のんびりと読書を。

小浜に着きました。組み立てていきます。ブレーキが外れているトラブルがありつつも、妻の持ち前の器用さで乗り切ります。一人だったら途方に暮れていました。

ずっと海沿いを走ります。サンチャゴへの巡礼路は山、活版巡礼は海と言ったところでしょうか。

神々しい景色が続きます。“人間がこんなに哀しいのに主よ、海があまりに碧いのです”と、遠藤周作の言葉を思い出します。

妻がまるで、南イタリアのサレルノのようだと言った、南串山。海岸線と石積と起伏が独特の景観を作っています。南串山中学校の生徒たちが校舎の窓から大きな声で声援を送ってくれました。

目的地、加津佐。加津佐のシンボルである岩戸山が見える丘から。1590年、天正遣欧少年使節の一行がヨーロッパからグーテンベルク式活版印刷機をこの地に持ち帰ります。聖地と呼ぶに相応しく、彼らもこの景色を見ていた、ここで刷られていたと思うと、込み上げてくるものがあります。

加津佐で1591年に日本で初めての金属活字を使った「サントスの御作業の内抜書」が刷られます。現在、加津佐図書館にはその同型のグーテンベルク式活版印刷機があり、これを再び刷れるようにするのが、今回のミッション。

メンテナンスを行ない、再び刷れるように。図書館の方々が「また、サントスが刷れるんですね」と口々に仰られていたのが印象的でした。大切に語り継いで行って欲しい加津佐の文化です。

一仕事終え、帰路へ。夕陽がとても美しい場所なのですが、案の定の曇り。でも、十二分の景色。サヨナラ、加津佐。また来ます。

熱量日本一の小浜温泉。疲れた身体を癒します。作られすぎていない、こじんまりとした温泉街にホッとします。

地獄蒸し釜が何と無料。準備良く、妻が野菜や食器を博多から持ってきていました。カザミ(ワタリガニ)は地元の魚屋さんで400円程。同じく無料の日本一長い足湯に浸かりながらYEBISと一緒に。至福のひととき。

翌朝の凪いだ小浜の海。小浜の海はいつ来ても、やさしいです。人生において、心身ともに緩和できる場所があるとするのならば、僕らにとって、それは小浜のことなんだろうと思います。

最後に。心からおじさんに感謝を。おかげさまでこうしてまた、自転車に乗れる日が訪れました。