今年最後に

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今年いただいた手紙を整理していたら、じーんとしてしまって。なので、今年最後のご挨拶もお手紙で。今年は本当に忘れられない一年となりました。交通事故に遭い後遺障害が残りました。利き手ということもあり、手に職を持ち、暮らしを立てている者にとっては致命傷以外の何物でもなく、突きつけられた現実に、ただただ立ち尽くすしかありませんでした。けれども。我が身に降り掛かったその堪え難い苦痛と苦悩とを、やさしく包んでくれたのは、僕を気にかけたり、必要としてくれる人たちでした。妻の献身とその皆さんの想いや手紙は確かに僕の血となり骨となり、再び歩むちからを与えてくれました。大きすぎて恩返しはできないかもしれませんが、愛する人達が、僕を必要としてくれる人達が笑って暮らせるように、そして、本当にデザインを必要としている人たちが幸せを感じて暮らしていける様に、ささやかですが精一杯がんばっていきたいと思います。本当に生きててよかったです。心からの感謝を。

2012.12.31

平和

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激戦のビルマに赴き、多くの戦友を失った祖父は生前よく、「平和がいちばん、平和がいちばん」と言っていた。子どもながら平和というものは何ともつかみどころがなく、曖昧模糊としていて、でも大きな“やさしさ”のようなものでしっかりと包まれている感じがした。たぶん、それで良いんだと思う。本来、子どもたちは、平和なんて意識しなくても良いんだと思う。平和なんて意識せず安心して過ごせるように戦争を経験した祖父の世代の人たちが、今の平和な世界を築いてくれたんだと思う。

言わずもがなこの世界は今を生きている人たちだけの世界ではない。未来を生きる子どもたちや、今を守ってきてくれた人たちの世界でもあると思う。もちろん、たくさんの動物たちや植物たち自然のものでも。僕たちはただ今を生きているだけであって、受け継がれたものを次の人たちに、より良くして渡すのが勤めなんだと思う。閉塞感と虚無感の被い方は止めどないけれども、それでも諦めずに希望を持ち続けることが、何よりの生きていく“エネルギー”になるんじゃないだろうか。

“私たちは、千年後の地球や人類に責任を持てと言われても困ってしまいます。言葉の上では美しいけれど、現実としてやはり遠すぎるのです。けれどもこうは思います。千年後は無理かもしれないが、百年、二百年後の世界には責任があるのではないか。つまり正しい答えはわからないけれど、その時代の中で、より良い方向を出していく責任はあるのではないかと”星野道夫

星野道夫 アラスカ 悠久の時を旅する

“人間の気持ちとはおかしいものですね。どうしようもなく些細な日常に左右されている一方で、風の感触や初夏の気配で、こんなにも豊かになれるのですから。人のこころは深くて、そして不思議なほど浅いのだと思います。きっと、その浅さで、人は生きて行けるのでしょう”

一日に一回、星野さんのことをふと想うときがあります。事故後は顕著に。妻や友の支えは勿論ですが、星野さんの支えも随分と大きいことを感じます。星野さんのこんな言葉があります。

“子どもの頃に見た風景がずっと心の中に残ることがある。いつか大人になり、さまざまな人生の岐路に立った時、人の言葉でなく、いつか見た風景に励まされたり勇気を与えてられたりすることがきっとあるような気がする。”

これは自身の原風景と重なることもあり、子どもと接するときに特に胸に留めている言葉です。ですが、不思議なのが、いざ自身が岐路に立たされてみると、星野さんという“人の言葉”に随分と励まされ、勇気を与えてもらっていることに気付きます。突き詰めて考えて見ると、星野さんとの出逢いは(と言っても本の中ですが)、ひとつの僕の子どもの頃の風景でした。人間も自然であると教えてくれたのは星野さんでした。情報が極めて少ない世界が持つ豊かさ、そこから生まれるクリエイティビリティの大切さ(デザインの本質)も教えてくれました。自分の心の中には、永遠に星野さんの居場所があります。自身が困難なときも、安息なときも、それは根源的で揺るぎない存在です。星野さんのやさしく慈愛に満ちた眼差しや瑞々しく誠実な言葉は、いつもさまざまな示唆を与えてくれます。

11月16日(金)から12月5日(水) まで、FUJIFILM SQUAREで企画写真展「星野道夫 アラスカ 悠久の時を旅する」が開催されます。星野さんが事故で、亡くなる直前まで撮影をしていたロシアのカムチャツカ、チュコト半島の未発表写真も展示されるそうです。岐路に立たされたとき、星野さんはいつもそこにいます。

市民文芸

福岡市民(都市圏)から短歌、俳句、川柳、詩、随筆、小説・戯曲を募り、優れた作品を選考・顕彰する「市民文芸」。毎年、2千強の応募がある福岡市で47年続く伝統的なものですが、48年目は、より多くの人達に知ってもらう、親しんでもらうために、これまで発行していた冊子を大幅にリニューアルすることになりました。先日、応募作品の選考が行なわれ各賞が決まり、来月、27日にはアクロスで表彰式が行なわれます。その表彰式に合わせていよいよ冊子の製作もはじまりました。

驚くほどに、パブリックなものととパーソナルなもののあわいに立ちながら、活字や本や文学の仕事がつながっていきます。それは遠い過去に自分が望んでいたもので、「それをただの偶然と思うのか?」と、言うミヒャエル・エンデの言葉が今とてもしっくりときています。

ブルームーン

イタリア帰りの彼女が、「植栽を見に行ったら、ブルームーンっていうバラがあったから」と、鉢物のバラを贈ってくれました。南区に住んでいた頃、植物園が近かった事もあり、よく妻と出かけていました。春と秋に咲き誇るバラ園の中でも、ブルームーンは、ひときわ甘美な香りを漂わせており、うっとりとし、毎年美しい花を咲かせるそのバラ園で写真を撮ったものです。バラの世界は奥深く、図鑑や「バラの育て方」の本などを見ては、おじいさんになったら、バラを育ててみたいと、ささやかな夢を抱いていました。

思えば事故後、随分と生け花からも遠ざかっていました。花に触れる時間というのは、本当に無になれる時間で、だからこそ今、必要な時間だったのかもしれません。再生の途上にある我が家に来てくれたこのバラを、ゆっくりと愛でていきたいと思います。本当にありがとう。