お盆に、親愛なる旧友が訪ねて来てくれた。蝋燭作家でもある彼女が蜜蝋で作った蝋燭を携えて。お盆に灯すあかりは故人に故郷の場所を伝える為のものだけど、その灯は事故後、再び歩き出した僕らのこころと足元を照らしてくれた。その温かく、懐かしく、優しい光は消えることなく、これから僕らの進む道も、ずっと灯し続けてくれるものになるのだと思う。全肯定の光だ。何と心強いことだろう。生きてて良かった。素直にそう思えることは人生においてどれくらいあるだろう。本当はもっと彼女のことを話したいけれど、大切なのでそっと胸にしまっておこうと思う。そうして、彼女はいろんな町でも、僕らと同じ様に、灯人(ともしびと)として、誰かのこころや足元を温かい光を灯しているのだろうと思うと、何ともやさしくなれる。

borderless

某教育機関のサイン計画。サインと言う仕事は、タイポグラフィのスキルが最もストレートに現れるので、とてもエキサイティング。消費をベースにしたものは、広告も含めさまざまな意図や主張があり、少し構えてしまう。だが、サインはコミュニケーションデザインと言いつつも、デザイナーと生活者(主体者)の直接的な対話ではなく、普段は気付かないけれども、必要なときにそこに存在するという関わり方(ふれあいと言っても良い)の質に置いて、自分の思想、思惟に最も即している。小さなところまで配慮されていたり、情緒的な感情を引き出されるサインのある空間に出会うと、それ全体に好感が持てる。ホスピタリティとしても嬉しいが、何より、かすかに生まれた感情の迷いや不安を、安心(やすらぎ)に変える効果は絶大だと思う。そんなサインがいつかできればと思う。

事故の後遺障害で、以前にも増してさまざまなサインが目に入るようになってきている。事務的な事を言えば今、障害者と健常者の間(あわい)に立っている。社会との接点と言うか、役に立ちたいとデザインの仕事を選んだのだけども、この状態は何か大事なことを示唆している気がしてならない。デザインを通して、障害だけではなく、領域、世代、国境など、さまざまな境を自在に越えていこうと思う。

旅の準備

旅の準備。それは、僕の場合、本の準備のことを指す。どんなに小さな旅でも本は必須で、どんな本を持っていこうか(決まって静謐な物語だけども)と選ぶ時間に、とても愉悦を感じる。本選びに夢中になりすぎて肝心の着替えは当日の朝、と言う事もよくある。そして、結局選びきれず何冊も持って行くので、結構な重量になっている。電子書籍にすれば、その重さからは解放されるのだろうけど、何より紙が好きなので、それはないだろうと思っている。以前、博多から東京まで新幹線で行ったことがあるのだけど(信じられないがあの頃は飛行機が苦手だった)、とても心地良く、静かにゆっくりと読書ができた。新幹線の最終号車の最終列に席を取って、静かに本を読んだ。目が疲れたら窓の外の風景を眺める。名もなき景色に、その営みに、どうしようもない切なさが込上げてくる。一息つきたくなったら、客室乗務員さんが運んでくれる珈琲を飲む。決まって予想以上に熱々な珈琲がゆっくりと、身と心に沁み入る。そして、また物語の中へ戻る。“いつでもすばらしい書斎と思うのは、遠くへ行く列車の指定席だ”と、詩人の長田弘さんが言う。その通りだと思う。さて、今度の書斎には、どの本を持っていこうか。案の定、まだ決めきれていない。

くらしに息づく活字と印刷

写真は活字の鋳造機。このゴリアテの如き巨躯から生まれ出るのは、米粒ほどの活字。その灯火も消えようとしている。けれども、活字を愛する者として、自分はダビデになってはならない。と、思案と行動を重ねる上で、吉報が届く。貴重な活版印刷の書物の掲載許可が下りた。まちに活かしたいと、何年も交渉を重ねて、ようやく。でも、不思議な感情で、すぐに許可が下りなかったことに、どこか、ほっとしていた。そう、僕が足を踏み入れたのは、昨日今日の世界ではないので、矛盾しているかもしれないけれど、簡単には許可が下りなくて(下りない方が)いいと、心のどこかで思っていた。それは、何かを伝えることにとって必然的な時間だった。

と、言う訳で「くらしに息づく活字と印刷(仮)」の本づくりに、着手。長崎は活版のはじまりの地だけではなく、写真のはじまりの地でもある。その長崎のまちに根を張り、写真とフィルムカメラのことを伝え続けてきた、cariocaさんと言う女性がいる。彼女が写真を撮る行為は営みであると同時に、長崎のまちの財産だと思っている。例をあげればきりがないが、カメラのフォーカスという写真屋さんのリニューアルにかかわり、見事に「まちの写真屋」として生まれ変わらせた。その行為はクリエイティブそのもので、もっと評価されて然るべきだと感じている。だが、人からの評価などさほど気にせず、ただ、ひたすらに近くの人の為に、愛する長崎のまちのためにという生き方が、何とも彼女らしいし、そんな彼女を敬愛してやまない。だから、長崎での写真はフィルムカメラで撮ろうと思っている。



活版や石版に関しても、いまだ入口付近でうろうろしているに過ぎないので、これまで支えてこられた方々に敬意を払いながら、お力をお借りしながら、良いものができればと思う。ただ、急がねばならない。星野道夫さんがエスキモーの長老さんたちの話を集めたときのように、与えられた時間は、ごくわずか。「記憶」、「継承」、「伝承」など、そういった言葉が頭の中で、つむじ風となり、吹き続けている。

トウモロコシ

とあるイタリア料理店でランチを。砕けすぎていない食感の残るトウモロコシの冷製スープに舌鼓を打った。そういえば妹たちはよく、トウモロコシを好んで食べていたな、と思い出し、「あ、トウモロコシ、食べたい」と、子どものように、思わず呟いた。「そうね、みつけたら、買おうか」と、妻。

それから、いっとき、夜のとばりが降りた頃、ふいにチャイムが鳴りドアを開けた。軒先には、思っていたけど、思いがけない人。「調子はどうかな?と思って。あ、それから、どうぞ」と、いつもの朴訥な語り口調で、ふいに、わさわさとしたビニール袋を前に差し出した。中に入っていたのは、穫れたてのトウモロコシだった。ト、トウモロコシ!と、まるで狐にでも騙されているようで、お昼に食べたいと言っていたところなんですよ、と、事の顛末を話す。「そう、それは良かった」と、驚く様子もなく、優しい表情を浮かべ、彼は颯爽と去っていった。

すこし贅沢と思いつつも、「実は、一度、丸かじりって言うものをやってみたかったんだ」と、妻に打ち明け、丸ごと一本、茹でてもらう。茹で上がったトウモロコシは、眩しいほどに光っていて、またもや贅沢と思いつつも真ん中からかじった。とても瑞々しく、果実を思わせるほど甘かった。今まで食べた、どのトウモロコシよりも美味しかった。よくわからないけども、元気も出て来た。



人生を左右するような怪我をして、わかったことがいくつかある。誰しも人に言えないような悲しみを抱えていて、同じような状況だと感じると、そっと、その秘密を打ち明けてくれるのだ。僕が知らなかっただけで、その悲しみを多くは見せず、当たり前に受け止め、前を向いて歩いておられたことを知る。そして、その悲しみは舐め合い、慰め合うものではなくて、分かち合うものだということも。もう、それからはそれ以上、そんなに言葉もいらなくなる。探り合う必要もなく、話さなくても充分に感じるようになってくる。僕のなにげなく、さりげない「今」がとても愛しいように、また彼(彼女)の人生も愛しい。気がつけば励まされているし、気がつかないところで励ましている(と、思う)。

彼がもし、よろめきそうになったら、飛び切り元気が出る物を携えていこうと思う。おおげさな雰囲気は出さなくていい。「そう、それは良かった」と、さりげなく差し出すのだ。