より愛しく、より深いものに

治療も終わりが近づき包帯を外して交通事故後、はじめて左手を見る。かつて、これほどまでに絶望と喪失感に苛まれたことはなかった。不確かなはずの未来が、確実なものとしてそこにあった。いや、あるというよりは無かった。あるはずなものが無かった。利き手だった。それは一つの終わりを意味していた。鈍色の分厚い雲に覆われ、重く出口のない虚無感という闇に押し潰されてしまいそうになる。

でも、笑っていたいと思う。愛する人達を、必要としてくれる人達を、笑わせたいと思う。喜ばせたいと思う。どんな困難な局面でも、誰かや何かのせいにする事もなく、諦めずにより良い方へ向かおうとするのは、唯一にして最高の資質だと、妻が言う。今はまだ、この現状が何を意味するのかはわからないが、人生をより愛しく、より深いものにしてくれることだけは確か。「受け入れる」ということは、決して「諦める」ということではないはずだから。


分岐点

ようやく痛みが和らいできた。意識して、少しづつ出歩くように。何だか歩きづらいと思うと、革靴の底が歪に随分と欠けてしまっていた。引きずって歩いてた頃は靴に特に違和感を感じていなかったが、歩きづらさから回復を知るのも、何とも妙なものだ。それにしても欠けた靴底は何処へ行ってしまったのだろう。

思いがけないところで思いがけない人と出会う。何というめぐりあわせだろうと思う。まるで線路の分岐点でポイントが変わるように、日常の細部で、微かに感情の流れが変わる瞬間がある。それらに耳を澄ませ、身を委ねてみようと思う。見えない“もの”たちが、粋な計らいをし、思いがけない未来を届けてくれるような気がするのだ。

事故にあった日以降、世界はより鮮明に写りはじめた。働き始めた十代の頃、Aの人生とBの人生があって僕はAの人生を選んだ。と、思っていたが、それは当時の僕にとっての精一杯の分岐点だったのだろう。今、目の前に現れたものが、僕に与えられた分岐点だとすると、あの頃の僕だったら、きっと怖くて仕方がなかっただろうと思う。でも、あの頃の決断が、歪ながらも充分な轍を作ってくれた。傲ることもなければ、臆することもない。このまま、自然に進もうと思う。

五月の風

妻に連れられ郊外へ。よせてはかえす波のように、おだやかな風にたなびく小麦の穂。凪いだきもちで、ぼんやりと眺めていたら、ふいに風向きが変わり、風が姿を現しながらこちらへやってきた。永かった五月も終わる。新緑と、薫風に包まれて自転車に乗る予定は変わってしまったが、それでもやっぱり、五月の風はやさしかった。

ストーブの炎を見つめていると、木の燃焼とは不思議だなと思う。二酸化炭素、水を大気に放出し、熱とほんのわずかな灰を残しながら、長い時を生きた木は一体どこへ行ってしまうのだろう。昔、山に逝った親友を荼毘に付しながら、夕暮れの空に舞う火の粉を不思議な気持ちで見つめていたのを思い出す。あの時もほんのわずかな灰しか残らなかった。生命とは一体どこから来て、どこへ行ってしまうものなのか。あらゆる生命は目に見えぬ糸でつながりながら、それはひとつの同じ生命体なのだろうか。木も人もそこから生まれでる、その時その時のつかの間の表現物に過ぎないのかもしれない。いつか読んだ本にこんなことが書いてあった。“すべての物質は化石であり、その昔は一度きりの昔ではない。生物とは息をつくるもの、風をつくるものだ。太古から生物のつくった風をすべて集めている図書館が地球をとりまく大気だ。風がすっぽり体をつつむ時、それは古い物語が吹いてきたのだと思えばいい。風こそは信じがたいほどやわらかい、真の化石なのだ”(イニュニック/星野道夫)

想い、手紙、泪。

たくさんの想い、手紙、泪。僕にはもったいないです。本当にありがとうございます。痛みは未だ事故後のままですが、想いや手紙、その泪で、随分と和らいでいます。一人で出歩くには不安が多く、妻に付き添ってもらって、少しだけ遠くの街の空気を吸いにでかけました。澄み渡る青空に懐かしい街並。こうして、また、ふたりで歩けることに、感謝しています。

左手の痛みはいつかは消える日が訪れるでしょうが、もう、元には戻ることはなく、過去を懐かしむしかありません。でも、その待ち受ける困難も、自分だけで抱え込むのではなく、献身的に支えてくれる妻を始め、親愛なる人達も受け止めてくれると思うと、随分と、気持ちが軽くなっています。僕らのこれまでも、決して平坦なものではなかったですが、この困難は人生の有り難みを、より与えてくれています。

観光と職人さんと。

病院のテレビでふいにフィレンツェの映像が流し出された。懐かしい街並に嬉しくなる。今年の秋にフィレンツェで長期、アパートを借りる予定にしていた。旅すると生活するとでは似て異なるだろうから。すこし郊外へ赴き、トスカーナ暮らしも。料理好きの妻は市場や路地裏の食料品専門店で買った食材をキッチンで調理することを何より楽しみにしていた。僕はそれにあったワインを探すことを。それから。歴史ある文化芸術、観光と、職人さんたちが共存する街の在り方は、これからのナガサキリンネのヒントにもなると思っていたので、探ってみたいと思っていた。個人的には活版職人、ティツィアーノ・ブロージさんといろいろと話せればと。

時期尚早。イタリア語をもっと勉強してきなさいということでもあるのだろう。僕のつたないイタリア語に付き合ってくれたビオショップのおばさんにも会うのも楽しみだ。